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安東能明年譜 昭和31年(0歳) 静岡県天竜市二俣町川口に生まれる。以後昭和49年の二俣高校卒業まで同町に暮らす。人口1万人足らずの二俣町は人情、気候ともに穏やかで温和、天竜川、鳥羽山をはじめとする自然も豊かな街。 昭和41年(10歳) もっぱら貸本屋で借りた漫画を読む。月刊誌少年、まんが王、冒険、少年マガジン、サンデーなど。鉄腕アトムより鉄人28号のほうが肌にあった。世界少年少女文学全集収録の三国志、アルプスの少女ハイジなどを読む。自然の中で遊び、仲間たちと二俣祭に熱中する。そろばん塾に通わされるものの、苦手でさぼるようになる。夢中になって怪獣映画も見た。テレビでウルトラマンをカラー放送ではじめて見て、これで映画館に行かなくてもよいと思った。 昭和44年(13歳) 中学校に入ると、芥川龍之介、森鴎外といった明治の文豪の小説を読むようになる。軟式テニス部に入る。戦争映画や007などのスパイ映画を好むようになる。 昭和45年(14歳) 太宰治の諸作やイザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」を読みショックを受ける。芥川の文体を真似した作文をしたためる。休日になると、ひとりで遠州鉄道に乗り、浜松まで出かけて洋画を鑑賞する。スクリーンなどの映画雑誌を好んで読んだ。 昭和47年(16歳) 二俣高校入学。谷崎潤一郎、島崎藤村、田山花袋、志賀直哉、井上靖、クローニンらを読みはじめる。井上靖は著作の大半を読むことになる。ことに詩集北国に強い感銘をうける。 昭和48年(17歳) 柴田翔の「されどわれらが日々」を読み漠然と東京にあこがれをいだく。五木寛之の初期作品に熱中する。 昭和49年(18歳) 二俣高校卒業 昭和50年(19歳) 明治大学政経学部経済学科入学。江戸川乱歩やクリスティなど分野を問わず乱読する。大学紛争の余波で大学はロックアウトされ、大学に幻滅する。 昭和51年(20歳) 2年になるとほとんど通わなくなる。ひとりでシベリヤ旅行をする。 昭和52年(21歳) 新聞配達をやめ、友人のアパートを転々としながら世田谷に落ち着く。 ルシアン・ネイハムの「シャドー81」を読み、これまで読んできた小説とはまったく異なった衝撃を受ける。以降、フォーサイスなどの冒険小説作家を好んで読むようになる。大学にもどる。 昭和55年(24歳) 明治大学卒業。浜松市役所に入る。スコット・トゥローなど欧米系ミステリー作家を読むようになる。あいかわらず映画館によく足を運ぶ。 平成4年(36歳) 日本推理サスペンス大賞に「キメラ複合体」を応募し、2次選考まで残る。 平成5年(37歳) 日本推理サスペンス大賞に「真空回廊」が最終候補作に残る。 平成6年(38歳) 「死が舞い降りた」が日本推理サスペンス大賞優秀賞受賞。翌年1月新潮社より刊行。刊行日二日前、阪神大震災が起きる。 平成12年(44歳) 1月より中日新聞静岡県内版に「凍える火」掲載開始。10月「鬼子母神」でホラーサスペンス大賞特別賞受賞 平成13年(45歳) 1月幻冬舎より「鬼子母神」刊行。、幻冬舎ポンツーン4月号に短編「ため息」掲載。小説新潮7月号に短編「閉じこめれて」掲載。10月新潮社より「漂流トラック」を 刊行。 平成14年(46歳) 新潟日報にエッセイ連載開始。小説新潮7月号に短編「夜汽車」掲載。8月幻冬舎より「15秒」を刊行、双葉社小説推理誌に「幻の少女」連載開始。「漂流トラック」が大藪春彦賞候補作になる。 平成15年(47歳) 徳間書店問題小説に初の伝奇小説「螺旋宮」連載開始。8月双葉社より「幻の少女」刊行。10月新潮社より「強奪箱根駅伝」刊行。11月より次作「黙約(仮題)」取材のため渡仏。 平成16年(48歳) 小説新潮8月号に「ホットドッグ」掲載。11月より取材のため再渡仏。 平成17年(49歳) 4月より静岡新聞、徳島新聞ほかに警視庁捜査二課をテーマにした「突破屋」連載開始 著者紹介に戻る
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