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   Essay by Yoshiaki Ando

    2001年新潟日報に掲載しました

                                              安東 能明・作
              隠し子

 まだ小泉内閣誕生にわいていた六月中頃、「電気通信役務利用放送法」という地味な名前の法律が成立した。一言で片付けてしまえば、電話回線を使ってテレビ放送を流してもよろしい、という法律である。
 ケーブルテレビや衛星放送は別にして、これまで民放やNHKの一般放送は、電波によってのみ各家庭に送られてきた。日本全国津々浦々、家の屋根には、あのみっともないアンテナが林立し、ありがたく電波を頂戴していたのだ。しかし、山間部に行けば電波がさえぎられてまともに映らないし、近所にマンションでも建った日には、ゴーストに苛々する羽目になる。隣の県では面白そうなテレビ放送があるのに、見たいけど見られない。でも、これからは、こうした放送番組も、電話回線を通じて送っても良いのですよ、という法律です。早い話、一昔前の通信技術が支配していただけのことですがね。
インターネットが一般に使われだして通信回線の多様化が意識され始め、今年の初めあ たりから、光ファイバーへのつなぎとして、電話の銅配線を用いた技術がにわかに脚光を浴びるようになってきた。それまではせいぜい、写真を送るぐらいが関の山だった電話回線の電送容量が飛躍的に跳ね上がり、映像まで軽々と送れる時代が、あれよあれよという間に到来したのである。  
 さて、ここからが問題だ。何を送るか、である。お父さんが撮影した娘の映像を田舎に
住む祖父母に送ったところで、たかが知れている。そこで、この際、しっかりと映像資源をため込んでいる放送会社に通信回線を開放し、テレビ放送そのものを流してしまえ、ということに相成った次第です。斯界では、これを通信と放送の融合と呼びます。つい五年前までは、全くの絵空事の世界でしたが、早くも現実になっている。ぼろくそに言われた 森内閣がひっそりと産み落としていった隠し子です。
                        (了)